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News / 2007 / May / 27

「ビデオゲームをめぐる問いと思想」 井上明人

  • Published at 22:06:44 PT
  • Reported by Jeriaska
  • Contributors: Sachiyo Davidson-Mizuta
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井上明人氏(26歳)は慶應義塾大学大学院を修了後、国際大学GLOCOMにてゲーム研究の専門家として、助教を勤めている。今回、Square Havenは、東京にて、ゲーム研究者である井上明人氏にインタラクティブメディアの現状についてのご意見をお聞きする場を設けることに成功した。
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井上明人氏(26歳)は慶應義塾大学大学院を修了後、国際大学GLOCOMにてゲーム研究の専門家として、助教を勤めている。今回、Square Havenは、東京にて、ゲーム研究者である井上明人氏にインタラクティブメディアの現状についてのご意見をお聞きする場を設けることに成功した。

国際大学GLOCOMの発行する『智場Intelplace』の最新号には、アーケードゲームデザインのパイオニアである遠藤雅伸氏と井上氏の対談が収録されている。1983年、新卒でナムコに入社し、斬新で画期的なゲームの開発に従事した遠藤氏を井上氏は、「もし『スペースインベーダー』が日本のゲーム史のファースト・インパクトであるとすれば、遠藤氏が手掛けた『ゼビウス』は日本ゲーム史上のセカンド・インパクト。」と述べる。『スペースインベーダー』と『ゼビウス』の間には、いくつかの特筆すべき違いがある。まず、単純なところでは縦スクロールのシューティングゲームであるという点。アニメーションのベースを作る際に一つのオブジェクトに対して複数の明度を重ね合わせて使用することで、敵の船が接近するにつれてそのオブジェクトが回転している様を表現するという空前の偉業を成し遂げたのもこの『ゼビウス』だ。アーケードゲームのモニター上に映るオブジェクトにさほど精彩な動きや色の表現が期待できなかった時代に、画面を横切りながら回転する船を目の当たりにしたユーザー達は唖然としたという。また、『ゼビウス』を隅から隅までやり込もうとユーザーを虜にしたのは、ある一定の場所を撃つと敵やパワーアップが突然画面に現れる「隠れキャラ」という現象に起因している。美麗なグラフィックと精巧なストラテジーによって、アーケードゲームの新たな水準が確立された。

2007年遠藤雅伸氏との対談の中で、ゲーム業界の展望は明るいが、今主流となるトレンドには不満が残るという印象を井上氏は遠藤氏から感じ取っている。『ゼビウス』にも表れているように、インタラクティブメディアであるゲームの進化は「洗練(sophistication)」型の発展であるよりも、「革新(innovation)」型の発展が重要な意味を持つ。遠藤氏によれば、家庭用ゲーム機が巨大ビジネスとなった1990年代は、同時にリスク回避の姿勢をも助長させる結果となった。このような状況では、個々の開発者にとってリスクの少ない洗練型の発展はありえても、リスクの多い革新型の発展はスポイルされる。これが、創造性の欠如という事態を引き起こしたことは言うまでもない。以降、独自の方向性を模索するゲームデザイナーたちと、「市場の現実」にあるジレンマは、今なお絶えない。

無数のゲームデザイナーの中で、井上氏が最も敬意を表す人物は松野秦己氏である。「松野作品には、人の挙動や言動、感情までもをゲームの中でシミュレートしてしまいたいという、欲望があります。」「直接的な戦闘が世界の全てではないわけです。複雑な政治性をも表現しえています。」と井上氏は言う。『タクティクスオウガ』では、反乱軍と手を組んで無辜の民を虐殺するか、反乱軍とは手を組まずに虐殺に手を貸さないか、というストーリーの分岐をユーザーに選択させる。この選択はその後のストーリーを180度変えてしまうほど大きな影響を持ち、このような選択をユーザーは何度も行うことができる。この前人未踏の要素を大胆にも取り入れた。この未曾有のアイデアにコアゲーマーたちは大興奮し、今でも日本のゲーマーの間では敬意の対象だが、そこまでの大ヒットまでには至らなかったため、クエスト社に在籍していた頃の進取の気性に富んだ松野氏の作品はスクエア社での初のタイトル、『ファイナルファンタジータクティクス』の陰に隠れて色褪せてしまっている節がある。日本よりも、特に英語圏のゲーマーには知名度が低いだろう。新たなリスクを負って戦闘システムを実装した『ベイグラントストーリー』を手掛けた時は、多数のメディアから賛辞を浴びたのにもかかわらずその好評には見合わない販売数に終わった。松野氏のゲーム業界におけるキャリアには、いつも革新と伝統というアンビバレントな両端が共存する。

上記はSquare Havenが井上氏とのインタビューから得た印象を綴った記事であり、今後もSquare Havenはインタラクティブメディアの歴史と未来の軌道について、この前衛的な思想家を追って報告する予定です。井上氏のリサーチに興味をお持ちの方は、ビデオゲームカルチャーに関する研究記事が追記されているのでご覧ください。また、井上氏の日本語ウェブサイトCritique of Gamesも是非ご一読ください 。

翻訳:Sachiyo Davidson-Mizuta

井上明人

日本の方にはわざわざ紹介するまでもないかもしれませんが、英語圏のみなさんには、Jeriaska氏の記事に加えて、日本のゲーム研究の重要人物であり、私の恩師でもある東浩紀氏について少しだけ紹介させてください。

東浩紀 は、日本の若手哲学者の中では非常に著名な人物です。彼は1971年に生まれ、東京大学で博士課程を終えました。彼は、1997年にフランスの現代思想家 であるジャック・デリダについての本を書き、一躍、高い評価を得ました。そして彼は、2001年に『動物化するポストモダン』という本を出版します。この 本は、日本のオタク文化(Otaku Culture)について、哲学的パースペクティブからの分析を行った本です。彼は、ジャン・ボードリヤールや、コジューヴや、大塚英志の議論を引きながら、結論付けています。「現在の日本のオタク文化の消費形態には、近代人とは異なる意識の在り方が芽生えている」と。それは、ポストモダンの人間の在り方のモデルとなるかもしれない、と言います。 そして、2002年以降、彼は情報社会における自由や倫理の議論を行っています。ジャック・デリダは「書かれたもの(エクリチュール)」についての議論 を行った思想家でした。東浩紀の思想はデリダに止まらず、ゲーム、アニメ、インターネットなどを扱っています。その思想のベースには、メディアとは何かということ を考えるということがあります。

私は、2005年にはじめて東浩紀と直接会いました。そして、私は東浩紀とともにGLOCOMで働きました。東浩紀はゲームに関する議論に強く興味を持 ちました。2006年に、東浩紀はGLOCOMを辞めました。2007年に東浩紀は『ゲーム的リアリズムの誕生』を書きました。この本の中で、ゲームの誕 生が、批評の歴史にとって転換点となるだろうと書いています。それは私も主張を同じくするところです。興味のある方は是非、東氏の議論もチェックしてみてください。






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